●ボランティアスタッフ体験談

Catch your dream!!!! 少年よ、大志を抱け。

                            2007年2月20日、17:07:20

雪に覆われた美しい山々と、日の光を浴びて眩しそうに私を見返す雪原。

耳を澄ますと犬たちの遠吠えが聞こえてくる。

「そうか、私は今夢の国に来ているんだ」と飛び起きる。

ある日は目を開けられないほどの吹雪だった。
またある日は、いつまでもそこで唄っていたくなるような穏やかな日だった。
時の流れを、私は刻々と変化する外の「色」で感じとった。

夕日の刻は格別。
遠くの空がオレンジに染まる。
大きな太陽が山の向こうにじゅっと音をたてて消えてゆく。
そんな中で、私は大場さんと夢を語った。
本当に真剣に。
人生の意義を、世の中のことを、人間の素晴らしさ、命の尊さをひたすら語った。

私の十日間のボランティア生活は、
このようにして過ぎていった。

大場さんとの生活で得たもの、
言葉にするとなんだかウソっぽくなってしまう。

四月から、私は社会という大海へ漕ぎ出していく。
海図のない未知なる冒険。
航海士は自分自身。
でも私はきっとうまく舵をとっていけるような気がしているのだ、
根拠は何もないけれど。

大場さんとの生活で、
私が得た「何か」を言葉にするとすれば、
きっとそういうことなのだと思う。

きっとやれる。
私ならできる。
夢があるから大丈夫。

Never give up if you would like to make something.

大場さんという人に出会えて、
本当によかった。

 

Y .W(23)女性


車で田舎街を抜け、
山間の道を走ること数分、
真っ白な広い広い雪原が開けてきました。
ずっと向こうまで続く雪原の果てには、
夕方の山々が薄暗くぼんやりとしながらも厳しい様相で聳えていて、
まさにその山の麓だけが
まるでスポットライトを浴びるかのように、
はっぱの落ちた枝のみの林が
ぽっとピンク色に光っていました。

その光に吸い込まれるかのように車を走らせ、
行き着いた先が冒険学校でした。
こうして私は冒険学校と出会い、
ここでの生活が始まりました。

早朝、だだっ広い雪原の中、
聞こえるのはきしっきしっと雪を踏みしめる自分の足音だけ。
足を止めると、
遠くから小鳥のさえずりが
ひんやりとした冷たい風に乗って空を舞って来る。

耳を済ませば小川の流れが心を癒してくれる。
そんな雪原にひとりぽつんと佇んで、
時々刻々と変わり行く
朝日のシャワーを浴びた山々の姿を見ていると、
えもいわれぬ魂の解放が
心の底から湧きあがって来ました。

人間ってちっぽけだけど、
ひとつひとつの魂がとっても偉大で尊いものなのだなと。

自然の懐に抱かれた
厳しいながらも温かくて優しい遊休の時の流れの中、
冒険家大場満郎さんは
ご自身の夢に向かって生きてらっしゃいました。

普段はお人よしで人情味溢れる大場さん。
極地での言葉では
言い表すことのできない程の極度の緊張感の中、
一歩一歩歩まれるエネルギーは
どこから沸いて来るものなのでしょうか。
一週間という短い時間ではありましたが、
人間大場満郎さんと、
とことん生きるということについて語り合い、
笑い、涙しましたね。

貴重なお時間を目一杯割いて下さった
大場さんに心から感謝しています。

私の宝物箱に、
またひとつ珠玉のお宝が仲間入りです。

大場さん、
冒険学校で出会ってくださったおひとりおひとり、
そして前森の自然に一言、
素敵な出会いと経験を
どうもありがとうございました。

2007年2月27日、21:51:41

A.A(女性)1週間滞在ボランティア



2002年2月28日から3月14日までの二週間、
私は「大場満郎冒険学校」にボランティアスタッフとして滞在しました。
様々な人やものと出会えたあの二週間は
私にとって特別なものでした。
 私が訪ねた頃、
冒険学校のある「前森高原」は1メートル以上の雪に覆われていました。
夏になると多くの観光客で賑わうのだそうですが、
冬の静けさからその賑わいを想像することはできませんでした。
とてもゆったりとした時間が流れていました。
 さて学校設備について少し紹介します。
冒険学校はその名を聞いて多くの方が想像されるものより
随分立派な建物だと思います(少なくとも私は驚きました)。

二階建てになっており、
二階部分には大場さんが南極・北極を旅した際の貴重な品々が展示されています。
一階には事務室、調理室、宿泊用の部屋、大小二つの風呂などがあります。
ボランティアとして滞在する場合、
一階の宿泊用の部屋か
学校のすぐ側に建てられた小屋に泊まることなると思います。
 次に、ボランティアとしてどんな仕事をするかですが、
これは時期によって大きく変わってきます。
春や夏は、
農業関係の仕事が大きな比重を占めるのでしょうが、
雪に覆われた3月は農業どころではありませんでした。

そこで学校内の掃除や食事の支度、
パラセーリングや犬ぞり体験で学校にやって来て下さった方々の応対などが
私の主な仕事でした。
そういえば犬の世話をされていたボランティアの方が
留守の時、
学校に滞在していた子と二人で
餌をあげたこともあったのですが・・・
その子の方がよっぽど手際がよく、
足手まといになっていたこともありましたっけ。
 わずか二週間でしたが、
多くの出会いがありました。
学校にやってくる多くの方々との出会い、
最上の人々との出会い、
最上という町、
東北の自然との出会い、
見たこともなかったスポーツとの出会い・・・そして大場さんとの出会い。
それらの出会いを通じて、
「自分が見ようとしてこなかっただけで色々な世界がある」こと、
「色々な生き方があっても良いのかもしれない」ことに
気づけたような気がします。
ドコモが圏外という環境にショックを受け
、慣れない方言に頭をなやませ・・・なんてこともありましたが
行けて良かったです。

 興味がある方は、
思い切って門を叩いてみてはどうでしょうか?
門の向こうには何もないかもしれません。

けれど何もないからこそ面白いのかもしれません。 

2週間滞在ボランティア



2002年9月1日から一週間、
冒険学校にボランティアで滞在しました。
規則正しい生活、
適度な労働、
三度の食事、
人とのコミュニケーション。

これらの基本的な生活が、
実に充実感のあるものでした。

人間本来の生活の仕方が、
体にも心にも良い方向に作用し、
学校での知識を得えるだけの勉強よりも
生きる力がつくと思いました。

仙台市 N.H



2002年9月1日から一週間、
冒険学校にボランティアで滞在しました。
農業体験、登山、および釣りなど
さまざまな体験をさせていただいて、
とても楽しかったです。

これらを通して、
自然といかに向き合っていくかを学び、
また自然から得られる食べ物のおいしさや
それを食べたときの喜びを実感しました。

 さらに、大場さんやボランティアの人々と
色々な題目について話をし
、そのことによって
自分の色々な物事に対する視野が広がりました。

仙台市 M.A



 2002年8月18日から9月10日まで三週間、
冒険学校にボランティアとして滞在しました。

ボランティアは私一人だったので、
掃除・食事作り・犬の世話・事務作業・畑仕事・接客などの仕事を
冒険家と協力してやっていました。

始めは冒険家の前で緊張し、
ただ「はい、はい」と相づちを打つことしか出来ませんでした。

慣れない電話対応などの事務作業で冒険家から
いつも注意をうけました。
出来なくて同じことを何度もしかられる自分が情けなくて暗くなっていきました。

そこでいつも冒険家が言っていたことは
「何のために冒険学校にきたのか、何を目的にしているのかいつも考えなさい」
「地球の中で自分が今どういう位置にいて、
どういう立場にあるのか」
ということでした。

私は
「冒険家に会ってその人生から何かを学びたい」
と思って来ました。

自分は勉強をしているんだという姿勢を忘れずに
生活をすることで、
少しずつですが成長できたと思います。

周りの方々が応援してくださり、
涙もありましたが最後は来てよかったと
心から思えました。
 
ここでの経験を少しずつ自分のものにしていきたいと思っています。

奈良県 S.U



  僕がこの冒険学校でスタッフをしていた7ヶ月間、とても短い間でしたが冒険学校で出会った方々から沢山の事を学ばさせて頂きました。
冒険学校では、犬の世話から電話対応まで幅広い仕事がありました。その中でも犬の世話とお客様の対応はとても楽しかったです。
犬は最初は中々馴れてくれませんでしたが、一ヶ月も経つと尻尾を振ってよって来てくれる様になりました。それは何ものにも変えがたい喜びでした。
また、冒険学校に宿泊してくださったお客様の対応も良い経験になりました。
一人一人のお客様がこの冒険学校で元気になり、「楽しかった」、「また来ます」等といった声や手紙を見る度にとても嬉しい気持ちになりました。
そういった方々からも様々な事を感じ、学び、自分自身も大きく成長する事が出来ました。
 僕は自分の夢への階段を一つ上がる為、この冒険学校を出て、まだ見ぬ世界へと飛び出しますが自分自身の原点として、
この冒険学校と前森の大自然を忘れる事は無いでしょう。
未熟者で右も左も分からなかった僕がこの冒険学校でスタッフとしてやってこれたのも、
大場さんを始め冒険学校で出逢った人達の温かい優しさのお陰だと感じています。
 今まで本当にありがとうございました。

冒険学校 元スタッフ(H.S)20歳